山一和紙工業は、地元の製紙会社などの支援を受けて、1956年(昭和31年)に山梨県内初の機械すき和紙メーカーとして設立されました。以来和紙の伝統を継承し、「紙」の可能性を追求しながら、奉書紙メーカーへと成長を続けて参りました。

 

その間、幾度と困難な状況に直面しましたが、危機を乗り越える事が出来ましたのは、ひとえに皆様方の温かいご支援とご指導のたまものと心から感謝致しております。

 

弊社製品は長年の経験を活かして、古来の和紙に近代的な要素を盛り込み、近年の印刷様式の多様化に合わせて、輪転用巻取りはじめ、和紙の重厚さをくずすことなく多色刷、各種印刷機にマッチした製品開発を行い日夜技術・品質の向上に努めております。

 

これからもお客様に喜ばれるようなメーカーとなるよう努力し邁進していく所存です。

皆様からのご指導ご鞭撻をいただけますよう宜しくお願い申し上げます。

 
代表取締役社長 今村和弘

商号 山一和紙工業株式会社
所在地 山梨県西八代郡市川三郷町市川大門1488 

連絡先

 

 

TEL:055-272-1171㈹

FAX:055-272-1173

mail:yama1@guitar.ocn.ne.jp

設立 昭和31年7月4日

役員構成

 

 

 

 

 

代表取締役会長 秋山詔樹

代表取締役社長 今村和弘

取締役     一瀬清人

取締役     小林 孝

取締役     近藤憲市

監査役     大森明郎

資本金 2,600万円
取引銀行 山梨中央銀行 市川支店
事業内容 奉書紙・障子紙・書道用紙・画仙紙・版画用紙・水墨画用紙・抗菌消臭紙・光触媒消臭障子紙・その他機能紙 特殊紙

昭和31年7月

 

 

現在地に資本金500万円にて県下初の機械漉き和紙工場として懸垂式短網抄紙機1基をもって設立。障子紙、奉書紙、書道用紙の製造販売を行う。

今村三三が代表取締役社長に就任。 

昭和35年

 

資本金を750万円に増資。

短網円網抄紙機1基を増設。美術紙の開発を行う。

昭和36年

 

全国に先駆けて「模様入り障子紙」など美術紙の開発を行い、障子紙業界に一大改革をもたらし、工業技術院長賞を受賞する。

昭和38年

 

 資本金を1,050万円に増資。

原質設備の増強を行い生産の拡張をなす。 

昭和39年

 

 

全国に代理店を設け、弊社製品の販売並びに営業活動を行うために傍系会社山一和紙販売㈱設立し、販売の強化、合理化を図る。資本金を2,100万円に増資。短網円網抄紙機を増設し、販売の増進に備える。

昭和40年

模様入り化粧紙を開発し、製造販売する。

昭和44年

 

生産の拡大に伴い短網、丸網抄紙機1基を増設、原質、調整設備の増強を行い工程の合理化を計る。

昭和45年

 

工業用ペーパーウエスを開発し、製造販売を行う。

東京通商産業局長賞を受賞する。

昭和46年6月

今村三三が代表取締役会長に就任し、一瀬憲が代表取締役社長に就任する。

昭和47年2月

 

山一和紙販売㈱を吸収合併し、資本金2,600万円に増資。集中製品倉庫を建設し、在庫管理の合理化を計る。

昭和47年8月

公害防止のため4,200T/D排水処理装置を設置する。

昭和49年10月

公害防止のためスラッジ焼却設備を設置する。

昭和50年

3号抄紙機の大巾改造を行い能力の増強と品質の改善を計る。

昭和51年

労働大臣表彰

昭和52年2月

版画用紙が、通産局長賞、日本経済新聞社賞を受賞

昭和52年3月

 

原質設備の合理化を行い、古紙処理の充実、品質向上、新製品開発のため1号抄紙機を改造、あわせて試験・研究室を改築して試験・研究施設の充実を計る。

昭和54年

1、2号抄紙機の大幅改造を行い、生産の合理化と品質の向上を図る。

昭和60年5月

一瀬憲が取締役会長に就任、今村力男が代表取締役社長に就任する。

昭和63年

新仕上工場並びに製品倉庫建設。

平成元年

 

S&Bで排水処理設備(6000㎡/D)を設置。

 職務再設計コンテストで優秀賞(労働大臣賞)を受賞。

平成3年8月

号機濃度記録調節装置 設置。

平成4年3月

3号機を改造スピードアップを図る。

平成5年

1号機を改造合理化と品質向上を図る。

平成10年

調整工程品質開発のためワイヤーパートを全面改造する。

平成12年4月

VOC他対応高機能光触媒消臭紙を開発。

平成13年

光触媒障子紙「ム・シュー爽快空間」が山梨グッドデザイン選定商品として認定。

平成14年

「ム・シュー爽快空間」が中小企業賞長官賞を受賞。

平成28年5月

代表取締役会長に秋山詔樹、代表取締役社長に今村和弘が就任。